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創刊65周年記念特集/価値創造産業に向けて~不動産プロデュース3つの視点~/寄稿 明海大学不動産学部教授 中城康彦氏

創刊65周年記念特集/価値創造産業に向けて~不動産プロデュース3つの視点~/寄稿 明海大学不動産学部教授 中城康彦氏

  • 2025.07.01
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24年に全体完成した虎ノ門ヒルズ

リースホールドで賃貸されるイギリスのまちなみ

空中権を移転して建設費をまかなった東京駅

 異なる要素、方法や考え方を組み合わせて新しい価値を創造する行為をプロデュースという。プロデュースは、知識や方法論の提供などのコンサルティングにとどまるものではなく、明確な到達点を見据え、それに至る理念と哲学を共有しながら、実現にむけて伴走し、統括する行為である。中立で第三者的な立ち位置を求められることが少なくない伝統的な不動産業とは一線を画し、目的物の価値をあげることに参画し、影響力を行使するプレーヤーである。
 高度成長期、地価バブルと崩壊、〝失われた30年〟を通じて不動産の制度と市場は発展、成長し状況に対応してきた一方、急速に変容する経済社会への迅速な対応という側面から抱え込む問題も少なくない。制度や市場の変化を待つことなく、責任あるプレーヤーとして制度や市場を作り出し、そのことを通じて信頼産業と社会貢献をする必要がある。その観点から特に重要と考えられる視点に言及する。

英国式リースホールドでシームレスな建物利用権を
■私法と公法の不連続を繋ぐ(都市再生)
 都市再生、地域創生が課題で、担い手として不動産業への期待が高い。JR東日本が2014年の開設100年を前に実施した東京駅建て替えでは、都市計画法の特例容積率適用地区制度を利用し、〝空中権〟を移転して、数百億円の建設費をまかなかった。100年前の設計図をもとにした〝古風な新築〟は、日本の表玄関にふさわしい風格があり、観光名所ともなっている(都市再生&CRE)。
 この際、都市計画法(公法)は容積率の再指定は規律するものの、再指定に伴って生じる資産価値の変動には関与しない。無償でも構わないが、資産価値が大きく変動することから、私法上の取り決めを行い、〝空中権〟の価格を評価して相当額を授受するとともに第三者対抗力を備えるための手続き(例えば地役権の登記)を行う。
 2014年には虎ノ門ヒルズと東京環状二号線も完成した。終戦直後の1946年に計画されて以降、70年近く塩漬け状態にあったことから〝マッカーサー道路〟ともいわれた環状二号線は、道路法、都市計画法と建築基準法を連動させて建設され、道路上に虎ノ門ヒルズが竣工した。東京都は早く、安く都市計画道路を完成でき、世界に約束した〝コンパクトなオリンピック〟を果たすことができた。また市街地再開発事業で権利変換を受けた地権者は地区外に移転することなく、虎ノ門ヒルズに権利床を取得した(都市再生&PRE)。
 この際、都市計画法ほかの公法は、都市計画道路と建物の共存を認めると規律する一方、都市計画道路が存在することによる敷地所有者の利用阻害には関与しない。道路と建物の共存のための私権の設定(例えば区分地上権)やその対価については、私法上の取り決めで対処する。
 都市再生や地方創生は、今後各地で必須となり、さまざまな公法上の手当てがなされると予想される一方、公法では個別の状況に対応しきれないことは確実で、それをカバーする私法上の取り決めを提示する力量の有無がプロジェクトの成否を決定する。多くの場合、先例のないものとなることから、不動産業者の理念と創造力が求められる。公法と私法を繋いで新しい価値を生み出す担い手となることが期待されている。

■所有と利用の不連続を繋ぐ(借地借家)
 農地、林地と宅地では不動産の意味合いは必ずしも同じではない。宅地は建物を建てて利用することが通常の土地であり、建物の存在が前提となる。宅地の有効活用を実現するのは最終的に建物利用権である。多くの場合、土地と建物の所有権に基づいて建物を利用する一方、賃貸用不動産では建物の所有と利用が分離することが前提で、建物賃借権にもとづいて建物を利用する。
 建物賃借権には借地借家法が適用される。1921(大正10)年に公布され戦時体制下の1941(昭和16)年に強化された借家法 は、強い立場の所有者から弱い立場の借家人を守ることに特徴がある。
 今日もその重要性は変わらない一方、社会問題化している空き家問題を解決する側面からは異なる様相が見える。まず、空き家を放置するほかない所有者は強いとは言えまい。他方、国土交通省が推進するDIY型賃貸借や人気を集めるセルフリノベーションの動きは、弱くない借家人の存在と力を示している。つぎに、貸すに貸せない状況を作り出す、〝空き家放置推奨法制〟がある。賃貸人には修繕義務があるところ、古い家を貸すと雨漏りがあるかもしれない。その修繕費は受領する家賃の何年分にも、時に、受領する家賃の総額よりも多くなる可能性がある。また、立ち退いてもらうには正当事由が必要で、立退料の提供を覚悟する必要がある。立退料も修繕費同様、受領する家賃の総額を超える可能性がある。加えて、賃借人には契約の定めに優先する家賃減額請求権がある。
 土地建物別不動産制度をとる日本独自の不動産利用権として借地権がある。借地借家法で創設された定期借地権は、昭和時代の終盤の地価高騰期に、土地の供給を促進することで地価を抑制することを目的として創設された。つまり、建物を建てるための土地供給手段として登場したが、状況は一変し、建てた建物が利用されないことが社会問題化している。これに対応するため方法として、新・定期借地権を検討する余地がある。
 空き家になっているもののいつか使うかもしれない、先祖代々の財産は売れないなど、強いとはいえない所有者のニーズと、弱くない賃借人の力を時代に即応した新・定期借地権(新・建物譲渡特約付借地権)で結びつける。他方、法改正は時間がかかり可能性も高くない。かつて、つくば方式といわれたアレンジタイプの定期借地権が注目されたことがある。時代に即応したアレンジタイプの新・定期借地権を検討する。建物所有者となる借地人は、建物に自在に追加投資して性能を向上させて利用し、土地所有者は、定期借地権付き住宅の売却時に相当額、期間中に地代収入を得るほか、期間満了時に性能が向上した建物を取り戻す。地域からは空き家がなくなる。
 不動産の制度と市場において、不連続で対比的、敵対的に位置付けられる所有権、借地権、借家権をシームレスにつなげて、長寿社会の建物需要に対応する、知恵と工夫が期待される。

■市場と理論を繋ぐ(不動産価格)
 アメリカでは国民の住宅投資額と同等の時価総額(中古住宅価格)が蓄積されている一方、日本では時価総額は投資額の半分以下で500兆円下回る、資産ロスが問題となった 。資産をロスする社会に勝者はいないことから、この無駄の是正が喫緊の課題である。これまでは市場の失敗の前に、多少の努力では太刀打ちできないと諦観してきた側面があるが、もうその余裕はない。突破口を開くのは不動産事業者にほかならない。
 日本では住宅の価格は時間の経過とともに逓減し、不可避的におとずれる耐用年数の到来時に零になると考えてきた。これに対して、投資額と同等の時価総額が認められる米国では、維持管理の状況が良好な住宅の経過年数を実際よりも短いと判定して価格を評価する。追加投資の若返り効果を認めることが中高住宅価格を高くすると同時に、通算の耐用年数が長い社会の実現につながっている。税制も市場と一体化している。中古住宅の流通では、経過年数にかかわらず、また、何度でも購入者が減価償却できることが、新築と中古の経済的価値の差異を少なくしている。
 英国では建物は償却しない。建物は土地の一部であり、耐用年数の概念が希薄で、絵画や骨董品と同様、時の経過とともに価値が上昇すると認識する。超長期に利用することを当然とする社会で、250年、500年といったリースホールド(賃借保有権)で賃貸(実質は売買)されている。リースホールドは土地(と建物)の所有者から建物部分を賃借することから、借家権と解すべきだが、長期のものも少なくない。長期賃借に必要な頭金(権利金)に融資がつき、賃借中に不要になれば次の賃借人に転貸(譲渡)可能で、不動産市場が活況であれば借家人でも譲渡益を得ること(資産形成)ができる。要するに、リースホールドを多様に展開することによって、多様なニーズにこたえると同時に、多様な投資とリターンの受け皿となっている。シームレスな建物利用権が英国不動産市場の特徴である。
 建物の価値を残された期間(利用可能な将来の時間)で評価すると、建物の価格は全く異なる。永久の価値を100%とし、割引率5%として時間の価値を比較すると、120年(4世代住宅)99・7%、90年住宅(3世代住宅)98・8%、60年住宅(2世代住宅)94・6%、30年住宅(1世代住宅)76・9%である(理論値)。
 価値の源泉は利用可能な時間の長さである。各住宅が残り30年使えるものとし、その期間中の各住宅の収支の条件が同じであれば、各住宅がそれまでに何年経過しているかにかかわらず、永久の価値の76・9%の価値を有している。これに対して日本では、120年住宅は3/4経過しているから25・0%、90年住宅は2/3経過しているから33・3%、60年住宅は1/2経過しているから50・0%と考え、30年住宅は新築だから100・0%と考える(傾向値)。理論値と傾向値を比較すると、それぞれ、3・1倍、2・3倍、1・5、0・8倍となる。価値の根拠を今後利用できる将来時間に置くのか、経過した過去時間に置くかによってこれだけの差異が生じる。
 資産ロス社会に勝者はいないことに強い信念を持ち、市場の失敗を追認し続けるのではなく、専門家としての理論を整えて、市場の改変にチャレンジする責任がある。傾向値は新築の費用に着目する点で、供給者(売り主)側の立場、理論値は今後の利用できる時間の利用価値に着目する点で需要者(買主)の立場に沿う。買い主が高く評価する方向への改変は相対的に実現が容易であることに気づく必要がある。
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