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暑中特集 変動する市場と戦略/データと現場力の融合が不動産業界を変える/「現地現物の価値」を起点にしたDX戦略

暑中特集 変動する市場と戦略/データと現場力の融合が不動産業界を変える/「現地現物の価値」を起点にしたDX戦略

  • 2025.08.05
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不動産業務の「これまで」と「これから」のイメージ

 不動産業界の構造改革が加速するなかで、最前線を走るスタートアップestie(東京都港区)。全国8万棟のオフィスビル情報を提供する「estie マーケット調査」や、業務支援システム「estie 案件管理」などを通じて、DXとデータの力で業界の生産性を根本から変えることを目指している。創業から6年、大手企業の7割以上が同社の仕組みを導入するまでになった。estie代表取締役の平井瑛氏に不動産業界のDX化の現状と今後を聞いた。

estie代表取締役 平井瑛氏に聞く
■米国との情報格差から生まれた起業の原点

 estie創業の背景には、自分自身の原体験がある。東京大学を卒業後、三菱地所に入社し、不動産の現場でキャリアを積むなかで、アメリカの不動産市場との決定的な違いを目の当たりにした。アメリカでは不動産データが整備され、世界中の投資家が安心して投資できる市場が成立している。一方、日本では情報が未整備なままで、都市のポテンシャルを十分に生かしきれていない。この構造的な課題に危機感を抱き、2018年にestieを立ち上げた。
 創業当初から目指していたのは、商業用不動産に特化した正確かつ実務で活用可能な情報インフラの構築だった。現在、主力サービスである「estie マーケット調査」は、全国8万棟のオフィスビル情報をカバーしている。24年には、物流施設2万棟、レジデンス230万棟を対象とするデータ基盤の提供を開始し、網羅性と精度の両面で業界をリードする水準まで拡張した。
 各分野に異なる情報の粒度や活用ニーズにも柔軟に対応し、さまざまなプレーヤーにとって実務的な武器となることを重視している。そこにこだわり続けた結果が、サービスの広がりにつながったと考えている。

■不動産DXの本質は「点在する情報の構造化」
 もう1つの柱として取り組んできたのが、業務DXの支援。仲介会社が紙やPDFで受け取る土地情報を、「estie 案件管理」によって自動的にデータベース化し、情報の一元管理を実現している。入力の手間や転記ミスをなくすと同時に、蓄積された情報を基に競合物件のリスト化や提案資料の作成までを自動化。これまで人手と時間を要していた業務が、わずかな操作で完結できるようになった。
 現場の実務では、情報が点在していること自体が非効率の原因になる。まずは情報を整理し、構造化することがDXの起点になると考えている。実際、不動産業務では、地図、調査票、契約書、図面、価格表など、さまざまな形式の情報が各所に散在していることが多い。これらを統合・分類し、データベースとして扱えるようにすることで、初めて横断的な活用が可能になる。
 この取り組みは、大手企業だけでなく、情報の蓄積や整理が難しかった地方や中小企業にとっても大きな武器になると感じている。特に、少人数で多様な業務をこなす現場では、標準化されたツールの導入によって、誰でも一定の品質で業務を遂行できるようになる。属人的な知見に頼っていたプロセスが、仕組みによって再現可能な業務へと進化することは、企業の持続的な成長にも直結する。
 また、過去に蓄積された情報が体系的に活用できるようになることで、新人でもすぐに成果を出せる環境が整う。人材育成の効率化にもつながり、業務の標準化とデータ活用は、単なる効率化ではなく組織全体の底上げと競争力強化を同時に実現する鍵だと捉えている。

AI活用による業務変革とその限界
■不動産投資市場の現状と動向

 コロナ禍を契機に、不動産市場は大きく舵を切った。かつてのように、金融緩和の波に乗れば誰もが利益を得られる時代は終わり、「エンドユーザーに求められている物件とは何か」が問われる局面に入ったと感じている。
 都心部では、住宅賃料が半年で10%上昇するなど、インフレの影響を超えた価格変動が現実に起きている。今後の市場動向を見極めるうえで、非常に重要な局面にあると認識している。
 分野別に見ると、オフィスはリーマンショック以降で最も強気な市場で、都心や主要都市では空室がほとんど見られない。賃料交渉もインフレを反映する形で進み価格改定が前提の交渉も一般化してきた。企業も単なる立地や設備だけでなく、従業員の働きやすさや柔軟なレイアウト対応といった観点から物件を選ぶ傾向にあり、オフィスの選定基準は確実に高度化している。
 物流施設は10年にわたる大量供給の結果、現在は踊り場に差しかかっている。中継地点としての床需要は一定数あるものの、それを上回るペースで供給が続いたことで、空室率が目立つ地域も出てきた。
 レジデンス分野では価格上昇が続き、エリアを問わず投資対象としての注目度が高まっている。板橋区のように、従来は準中心地と見なされていた地域でも顕著な値上がりが見られ、市場が都心部から波及している構図がはっきりしてきた。

■業界インフラ化する存在感
 市場環境の変化の中で、当社のデータは急速に普及し業界インフラのような存在になりつつある。大手デベロッパーやJリート運用会社の7割以上に導入されているほか、金融機関や地方の中小不動産事業者への展開も進んでいる。目指してきたのは、単なる業務の効率化ではない。プロフェッショナルの判断を支える情報を提供することが、今後の不動産業界での競争力の源泉になると考えている。
 意識しているのは、「リアルタイムで現場性の高い情報」の提供だ。仲介現場で日々やり取りされている一次情報や、地場の相場感に基づいた賃料設定の実態などを、構造化して扱えるようにすることで、精度の高い意思決定を支援している。実務に使える情報こそが価値を持つ――その信念のもと、現場に寄り添った仕組みづくりを続けてきた。
 AIの導入が加速するなかで、不動産業界も変革の波の真っただ中にあると感じている。ベテラン営業マンが数時間をかけていた資料作成も、AIを使えば数分で完了する時代になる。当社では、AIによるデータ分析や資料作成の効率化にとどまらず、個別最適化による提案支援にも注力してきた。
 ただし、AIやDXが進むからといって、すべての業務が置き換えられるわけではない。不動産は現地現物の業態であり、実際に足を運び、状況を五感で確認しなければ得られない情報が多く存在する。AIが得意とするのはあくまで補完であり、最終的な判断や信頼構築には「人」の関与が不可欠だと考えている。
 電子契約についても、法人間取引では取引頻度や導入コストの観点から普及は限定的であり、大きな業務改善にはつながっていない。一方、個人向け取引では収入印紙税回避といった実利を背景に徐々に導入が進んでいる。ただ、当社としては重説の自動化といった領域には踏み込まず、物件の競合分析や賃料設定など、投資判断に直結する部分に集中して取り組んでいる。

■これからの5年間で問われる「人」の価値
 AIやDXの進展によって、情報格差は確実に縮まりつつあると感じているが、大手企業はAIに学習させるデータが豊富であるため、活用の精度やスピードで差が生じる可能性がある。情報格差がなくなることで、むしろ〝経験格差〟が浮き彫りになる局面に入っている。
 不動産の価値はDCF(キャッシュフローの現在価値)で決まるという原則は今後も変わらない。ただし、環境性能や稼働率、立地特性といった要素を踏まえた評価技術は年々多様化し、それに対応できる力が求められている。融資の面でも、メザニンローンやエクイティ投資の活発化が見込まれ、多様な資金プレイヤーが登場する可能性は高い。
 そうした変化のなかにあっても、不動産取引が「人と人の信頼」で成り立つ業種であることは変わらないと考えている。AIやツールはあくまで提案や判断を補強する手段にすぎず、最終的に顧客との信頼関係を築くのは現場の担当者だ。売買仲介業は今後も確実に必要とされ続ける。AIで補完できる領域が増えても、人の価値が失われることはない。
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