再開発とまち今後のあり方/「100年に一度」が進行中「渋谷」を題材に/東大大学院都市工学専攻・講師吉江俊氏に聞く
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2026.05.11
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東京都心部を中心に再開発ラッシュが続いている。それぞれ都市の基盤整備から新産業の創造、国際競争力の強化などを旗印に、各地に巨大な複合施設を生み出している。事業は経済合理性を追求するため、施設は画一的で地域との関係性も課題となりがちだ。「100年に一度」の再開発が進む「渋谷のまち」を題材に、都市計画研究者で東京大大学院工学系研究科都市工学専攻・講師の吉江俊氏に、今後の再開発のあり方やまちの活性化策などを聞いた。吉江氏には『<迂回する経済>の都市論』(学芸出版社)などの著書がある。(柄澤 浩)
まちの活性化・持続性の鍵は施設「空間」を「場所」に/新参者に広い間口を
◆渋谷のまちの/歴史的な流れ
都市計画法(1919年制定)のできる前から関西では阪急、関東では東急という鉄道会社がまちづくりを進めていた。沿線に田園調布という住宅地ができる(1918年)など、渋谷は元々先駆的なまち。戦前から百貨店はあったし、戦後は「娯楽を復活させたい」と百貨店を造り直して復興が始まったくらいだ。
渋谷というと、70年代、80年代のセゾングループと東急グループの競い合いのイメージが強いと思うが、当時は公園通りとか万国旗通り、ファイアーストリート、センター街など全盛期には15くらいの名前の付いたストリートがあった。ストリート単位でいろんな人たちが集まる“文化圏”のようなものができていた。バブル崩壊後は、「消費だけではないまちを」と“デジタル城下町構想”などが浮上し、2000年前後には新施設として「Qフロント」や「マークシティ」などが開業したが、消費地から別の価値への移行は、期待通りには進まなかった。
そして2012年、東急グループが「渋谷ヒカリエ」を開業したのを契機に、渋谷のまちは新たな段階を迎える。駅周辺の再開発が本格化するとともに、広域渋谷圏(渋谷駅半径2・5キロ圏)を含めたまちづくり全体が意識され始める。
◆「プレイスメイキ/ング」の考え方
都市計画の近年の言葉で「プレイスメイキング」がある。「空間をつくるだけでなく、場所をつくっていこう」というものだ。「スペース」と「プレイス」。物理的な「空間」を、何回も通いたくなる・愛着のある「場所」にしていく考え方だが、その実践が渋谷のまちで始まった。
2010年代から広い空間がつくられ、20年代には場所化する取り組みが大きく進んだ。東急グループの事例では、地元商店街と一緒に始めた盆踊りやストリートライブへの支援、小規模ながら既存建物を活用したナラティブミュージアムの開設、渋谷つながりで大企業からスタートアップまで38社から約400人の新入社員が集まった合同入社式の開催なども、空間を場所化する試みの一つ。
そうしたイベントに加え、SHIBUYA MABLs(広域渋谷圏で“人と人”“人と街”のつながりを通じて渋谷の価値を育むことを目的としたアプリ)などで、交流状態を可視化したり、人と街が接続できるなどのソフト面の仕組みも、今日では欠かせない機能と言えるだろう。
◆「若者のまち」は/今“過渡期”に
人類学に「リミナリティ」という、ある段階からつぎの段階へ移行する時の、過渡的な葛藤状態を指す言葉がある。都市全体で見ると、今は「リミナルな時代」と言えそうだ。例えば、ワークとライフだと、「外で働いて、家で休む」ではなく、「家でも働く」などいろんな働き方があり、ワークとライフはミックスしてきた。あるいは生産と消費も、別々ではなく「自分でものを生み出すことと、消費ということが混然一体」となってきた。消費だけでは、サービスを享受するだけの主体性がない消費者を前提としていることになるが、そうでない取り組みも増えてきた。どこで買えるか分からないような商品展示や、頑張っている人を支援することを目的とした商品展示もみられる。
単に消費を享受するだけでなく、自分たちが主体としてどうかかわっていけるのか。今まで切り分けられてきたものが融合していく段階が「リミナル」だ。例えば、アートと公共性、経済とアートでも、若者と年配者でもいい。これらがどう交わっていくのか。その関係性が今、新しい段階に差し掛かっている。まちは「若者だけのまち」ではなく、子どもから大人までいろんな人たちが集まってこそ機能する。今はさまざまな種類のものが融合していく途上にあり、その過渡期にあるといえそうだ。
◆まちは常に変わり/続けるもの
再開発やまちのあり方は、常に変わり続けるものでないといけない。東京の場合、渋谷だけでなく、大丸有でもどこでも「100年に一度」の状態にある。再開発自体が巨大になっても、超高層建築の技術があり、グローバルなマネーの動きがあるから、これまでは順調に進展してきたが、今後もこの調子でいかないことは、関係者の共通認識でもある。長い時間をかけて大きなものをつくるリスクは、建築費の高騰もあいまって非常に高い。一部エリアはまだ大丈夫だとしても、「床」をつくれば客が来てくれる時代は限界が来る。また高層化した大きな建物やそこで働く人々とまちをどうつなげていくかも地域にとって大きな課題となるだろう。
◆まちが持続する/ための条件は
まちが持続するためには、初めて訪れる人、新参者に入りやすさを確保すること、間口を広くしておくことが大事だ。何回か通ううちに少しディープなところに行けるようにもなる。新しい人たちを呼び込めるようにして、関係性を深めていくことで、人とまちのつながりが強まり、持続可能なまちとなるわけだ。
また「古い建物と新しい建物が混ざっていないといけない」という考え方がある。新しい建物だけでは家賃が高くなり、大成功した人以外は入居できない。あまりもうからないが文化面を支える商売、例えば楽器屋や、混雑していないゆったりした喫茶店が入れる古い建物を用意するなど、まち全体を見渡してさまざまな人、商売が入居できる環境を整える必要がある。
◆2つの“別の世界”/を用意すること
渋谷駅周辺では、南側は歩行者デッキが巡らされているため、3階がアクセス路で1~2階は日陰でデッドスペース化している場所が多い。そうした空間を、高い家賃は払えない、文化的な商売やスモールビジネスのためのスペースとすることを提案したい。成功したらデッキの上の高い家賃のスペースに移ってもらえるように…。実現は難しそうだが、2つの“違う世界”を用意しておく必要があるのではないか。
まちの活性化・持続性の鍵は施設「空間」を「場所」に/新参者に広い間口を
◆渋谷のまちの/歴史的な流れ
都市計画法(1919年制定)のできる前から関西では阪急、関東では東急という鉄道会社がまちづくりを進めていた。沿線に田園調布という住宅地ができる(1918年)など、渋谷は元々先駆的なまち。戦前から百貨店はあったし、戦後は「娯楽を復活させたい」と百貨店を造り直して復興が始まったくらいだ。
渋谷というと、70年代、80年代のセゾングループと東急グループの競い合いのイメージが強いと思うが、当時は公園通りとか万国旗通り、ファイアーストリート、センター街など全盛期には15くらいの名前の付いたストリートがあった。ストリート単位でいろんな人たちが集まる“文化圏”のようなものができていた。バブル崩壊後は、「消費だけではないまちを」と“デジタル城下町構想”などが浮上し、2000年前後には新施設として「Qフロント」や「マークシティ」などが開業したが、消費地から別の価値への移行は、期待通りには進まなかった。
そして2012年、東急グループが「渋谷ヒカリエ」を開業したのを契機に、渋谷のまちは新たな段階を迎える。駅周辺の再開発が本格化するとともに、広域渋谷圏(渋谷駅半径2・5キロ圏)を含めたまちづくり全体が意識され始める。
◆「プレイスメイキ/ング」の考え方
都市計画の近年の言葉で「プレイスメイキング」がある。「空間をつくるだけでなく、場所をつくっていこう」というものだ。「スペース」と「プレイス」。物理的な「空間」を、何回も通いたくなる・愛着のある「場所」にしていく考え方だが、その実践が渋谷のまちで始まった。
2010年代から広い空間がつくられ、20年代には場所化する取り組みが大きく進んだ。東急グループの事例では、地元商店街と一緒に始めた盆踊りやストリートライブへの支援、小規模ながら既存建物を活用したナラティブミュージアムの開設、渋谷つながりで大企業からスタートアップまで38社から約400人の新入社員が集まった合同入社式の開催なども、空間を場所化する試みの一つ。
そうしたイベントに加え、SHIBUYA MABLs(広域渋谷圏で“人と人”“人と街”のつながりを通じて渋谷の価値を育むことを目的としたアプリ)などで、交流状態を可視化したり、人と街が接続できるなどのソフト面の仕組みも、今日では欠かせない機能と言えるだろう。
◆「若者のまち」は/今“過渡期”に
人類学に「リミナリティ」という、ある段階からつぎの段階へ移行する時の、過渡的な葛藤状態を指す言葉がある。都市全体で見ると、今は「リミナルな時代」と言えそうだ。例えば、ワークとライフだと、「外で働いて、家で休む」ではなく、「家でも働く」などいろんな働き方があり、ワークとライフはミックスしてきた。あるいは生産と消費も、別々ではなく「自分でものを生み出すことと、消費ということが混然一体」となってきた。消費だけでは、サービスを享受するだけの主体性がない消費者を前提としていることになるが、そうでない取り組みも増えてきた。どこで買えるか分からないような商品展示や、頑張っている人を支援することを目的とした商品展示もみられる。
単に消費を享受するだけでなく、自分たちが主体としてどうかかわっていけるのか。今まで切り分けられてきたものが融合していく段階が「リミナル」だ。例えば、アートと公共性、経済とアートでも、若者と年配者でもいい。これらがどう交わっていくのか。その関係性が今、新しい段階に差し掛かっている。まちは「若者だけのまち」ではなく、子どもから大人までいろんな人たちが集まってこそ機能する。今はさまざまな種類のものが融合していく途上にあり、その過渡期にあるといえそうだ。
◆まちは常に変わり/続けるもの
再開発やまちのあり方は、常に変わり続けるものでないといけない。東京の場合、渋谷だけでなく、大丸有でもどこでも「100年に一度」の状態にある。再開発自体が巨大になっても、超高層建築の技術があり、グローバルなマネーの動きがあるから、これまでは順調に進展してきたが、今後もこの調子でいかないことは、関係者の共通認識でもある。長い時間をかけて大きなものをつくるリスクは、建築費の高騰もあいまって非常に高い。一部エリアはまだ大丈夫だとしても、「床」をつくれば客が来てくれる時代は限界が来る。また高層化した大きな建物やそこで働く人々とまちをどうつなげていくかも地域にとって大きな課題となるだろう。
◆まちが持続する/ための条件は
まちが持続するためには、初めて訪れる人、新参者に入りやすさを確保すること、間口を広くしておくことが大事だ。何回か通ううちに少しディープなところに行けるようにもなる。新しい人たちを呼び込めるようにして、関係性を深めていくことで、人とまちのつながりが強まり、持続可能なまちとなるわけだ。
また「古い建物と新しい建物が混ざっていないといけない」という考え方がある。新しい建物だけでは家賃が高くなり、大成功した人以外は入居できない。あまりもうからないが文化面を支える商売、例えば楽器屋や、混雑していないゆったりした喫茶店が入れる古い建物を用意するなど、まち全体を見渡してさまざまな人、商売が入居できる環境を整える必要がある。
◆2つの“別の世界”/を用意すること
渋谷駅周辺では、南側は歩行者デッキが巡らされているため、3階がアクセス路で1~2階は日陰でデッドスペース化している場所が多い。そうした空間を、高い家賃は払えない、文化的な商売やスモールビジネスのためのスペースとすることを提案したい。成功したらデッキの上の高い家賃のスペースに移ってもらえるように…。実現は難しそうだが、2つの“違う世界”を用意しておく必要があるのではないか。

