暑中特集 構造転換と事業戦略/裁判、手続き電子化で紛争解決に加速感/江口正夫弁護士に聞く/不動産トラブルの実務最前線
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2026.08.05
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改正民事訴訟法・改正民事訴訟規則の施行によって、裁判所の手続き電子化が進められている。訴状や準備書面は識別符号(ID)を使ってデータで提出する仕組みに切り替わり、相手方への送達・送付もインターネット経由に移行した。証人尋問はウェブ会議の方法を使える場面が広がり、事件記録の閲覧・複写もオンラインで申請できるようになった。審理自体もTeamsなどを使ったウェブ会議が中心だ。この変化が家賃滞納や立ち退きなどの不動産トラブルの実務にどう影響するのか、江口・海谷・池田法律事務所(東京都千代田区)の弁護士江口正夫氏に聞いた。
地方案件拡大と地元対応の必要性
■紛争解決はどれだけ加速するか
電子化によって家賃滞納や立ち退きの解決が早まるのかという点について、同氏は劇的に手続き自体が早くなるわけではないとしながらも、期日が入りやすくなったことで、結果としてスピードアップにつながると説明する。
ウェブ会議が広がった契機は新型コロナウイルスの感染拡大だった。緊急事態宣言の発出中、裁判所は緊急性のある手続き以外の期日を原則取り消した。その後、審理が徐々に復活する過程でTeamsの導入が進んだ。いったん広がり始めると普及は早く、従来はファックスで行っていた裁判所への連絡も今はオンラインの提出システムを使ったデータでのやり取りに置き換わった。裁判所への出頭が不要になり、事務所からウェブ会議で審理に対応できるようになったことで、移動時間がかからなくなった。
同氏自身も、那覇、さいたま、横浜地裁の審理を同じ日にこなした経験があるという。空いた時間を使って別の裁判所の期日を入れられるため、結果的に短期間で期日を組めるようになった。一部では裁判所の食堂や喫茶店が閉店するほど、来庁者自体が減っている。
一方、行方不明の賃借人や、支払う意思のない悪質な滞納者への対応は電子化後も変わらない。裁判に出てこない相手には、従来どおり判決を待つほかないという。
■都心にいながら地方の相続・空き家案件を受託
地価上昇を背景に、賃料増額請求に関するの依頼が地主・家主側からも賃借人側からも増えている。老朽化した建物の立ち退きを巡る相談も同様に増加傾向にあり、住居・オフィス・店舗のいずれの案件でも件数が伸びているとの実感を示した。
こうした案件で目立つのが、地方在住のオーナーや、相続で地方の空き家を抱える都内在住者からの依頼だ。インターネットで「立ち退きに強い弁護士」を検索した地方の相談者から連絡が入るケースが、少しずつ増えているという。法律相談自体もウェブ会議の招待状を送って行うことが多く、資料のやり取りもメール添付が中心になり、コピーや郵送の手間が減った。
依頼を受けた場合は、明け渡しを求める内容証明を代理人として作成して送付し、話し合いで解決できなければ法的手続きに進むという流れが基本になる。全ての依頼を一手に引き受けられるわけではない。
近隣トラブルのように現地でのこまめな対応が欠かせない案件は、地元の弁護士や業者との連携が前提になる。案件によっては地元の弁護士を紹介することもあり、都市部の弁護士が地方案件の全てを担うわけではないと説明。
■証人尋問はウェブ化されない現場の実情
ウェブ会議による証人尋問(ウェブ尋問)は改正法で要件を緩和し、対象が広がったが、実務ではほとんど使われていないと同氏は説明する。
具体的には20年ほど前に札幌地裁の事件で、東京在住の証人のためにテレビ会議による証人尋問を行った経験がある。証拠書類はあらかじめ裁判所に送っておき、画面越しに書記官が示す形で進めたが、「対決して真実を聞き出す迫力が、画面越しでは全く伝わらなかった」と振り返る。以降はリアルでの尋問を求めている。
そのほか、証人となる社員(営業担当者や建築士)の負担軽減についても、テレビ会議システムを使えば負担自体は軽くなるとしつつ、「証人尋問はリアルで行われると思う」との見立てを示した。テレビ会議による証人尋問の制度自体は20年以上前から訴訟法上整備されていたが、実務ではほとんど使われてこなかったとも語る。
■電子契約の広がりと書面業務の縮小
裁判以外の場面でも、契約実務のペーパーレス化は進んでいる。売買契約を電子契約にすると印紙税法の適用がなく収入印紙が不要になるため、これを追い風に業績を伸ばしている不動産会社もある。賃貸借契約は印紙税額が元々小さいこともあり、物件情報だけを見て契約に至るケースが以前から多く、電子契約へも移行しやすい傾向がある。契約更新も、紙の書類を送る形から電子署名で完結する方式へと変わってきた。
物件情報についても、例えばスマートフォンで室内の様子を(画像によって)確認しただけで契約に進む相談者が増えている。重要事項説明のオンライン化(IT重説)も広がっているという。不動産会社のDX化はバックオフィス業務が先行し、顧客対応ではあえて対面を重視する会社が多いとの見方も示した。
AI武装の相談者にどう向き合うか
相談者がインターネットや無料のAIツールで調べた内容を持って法律相談に来るケースが目立ってきている。一例を挙げると、近隣で建築計画が持ち上がった際の対応を10項目にまとめ、「これで間違いないか」と確認を求められた事例がある。
相談者に「どなたかに相談したのか」と尋ねると、「AIさんです」と返ってきた。「AIが示すのは一般論としては妥当な内容だが、実務で踏み込むべき注意点まではほとんど書かれていない」と話す。
説明する手間は省けるため打ち合わせの効率化にはつながるものの、相談者の理解度を確認しながら実務的な勘所を補う役割は、経験を積んだ専門家にしか担えない。一般論を踏まえたうえでの実務対応こそが、不動産会社の担当者にとっても強みになるといえる。
インターネットの普及で相談者側の知識量が増えている点も指摘する。相続分野では、以前はほとんど知られていなかった専門用語が、検索で簡単に調べられるようになったことで一般化した。賃貸借を巡る賃料の増減額請求や立ち退きについても、相談者があらかじめ調べたうえで来訪するケースが増えている。
高齢の相談者への対応も変化している。事務所へ出向くのが難しい高齢者は、子や孫が設定したメールアドレスを使ってウェブ会議に招待し、最初に子や孫が入室したうえで本人に画面を代わってもらう形が定着しつつある。
裁判手続きの電子化がもたらす変化は、劇的な迅速化ではなく、移動や書面のやり取りにかかる時間を減らし、紛争解決までの過程を効率化する点にある。証人尋問のようにリアルでの対応が求められる場面も残るなか、一般論で武装した相談者に実務の知見を伝えられるかどうかが、不動産業界にとっても新たな競争軸になる。裁判の電子化と相談者側の情報武装は、別々の変化に見えて、いずれも不動産会社の現場対応力が問われる方向へ実務を導いているようだ。
地方案件拡大と地元対応の必要性
■紛争解決はどれだけ加速するか
電子化によって家賃滞納や立ち退きの解決が早まるのかという点について、同氏は劇的に手続き自体が早くなるわけではないとしながらも、期日が入りやすくなったことで、結果としてスピードアップにつながると説明する。
ウェブ会議が広がった契機は新型コロナウイルスの感染拡大だった。緊急事態宣言の発出中、裁判所は緊急性のある手続き以外の期日を原則取り消した。その後、審理が徐々に復活する過程でTeamsの導入が進んだ。いったん広がり始めると普及は早く、従来はファックスで行っていた裁判所への連絡も今はオンラインの提出システムを使ったデータでのやり取りに置き換わった。裁判所への出頭が不要になり、事務所からウェブ会議で審理に対応できるようになったことで、移動時間がかからなくなった。
同氏自身も、那覇、さいたま、横浜地裁の審理を同じ日にこなした経験があるという。空いた時間を使って別の裁判所の期日を入れられるため、結果的に短期間で期日を組めるようになった。一部では裁判所の食堂や喫茶店が閉店するほど、来庁者自体が減っている。
一方、行方不明の賃借人や、支払う意思のない悪質な滞納者への対応は電子化後も変わらない。裁判に出てこない相手には、従来どおり判決を待つほかないという。
■都心にいながら地方の相続・空き家案件を受託
地価上昇を背景に、賃料増額請求に関するの依頼が地主・家主側からも賃借人側からも増えている。老朽化した建物の立ち退きを巡る相談も同様に増加傾向にあり、住居・オフィス・店舗のいずれの案件でも件数が伸びているとの実感を示した。
こうした案件で目立つのが、地方在住のオーナーや、相続で地方の空き家を抱える都内在住者からの依頼だ。インターネットで「立ち退きに強い弁護士」を検索した地方の相談者から連絡が入るケースが、少しずつ増えているという。法律相談自体もウェブ会議の招待状を送って行うことが多く、資料のやり取りもメール添付が中心になり、コピーや郵送の手間が減った。
依頼を受けた場合は、明け渡しを求める内容証明を代理人として作成して送付し、話し合いで解決できなければ法的手続きに進むという流れが基本になる。全ての依頼を一手に引き受けられるわけではない。
近隣トラブルのように現地でのこまめな対応が欠かせない案件は、地元の弁護士や業者との連携が前提になる。案件によっては地元の弁護士を紹介することもあり、都市部の弁護士が地方案件の全てを担うわけではないと説明。
■証人尋問はウェブ化されない現場の実情
ウェブ会議による証人尋問(ウェブ尋問)は改正法で要件を緩和し、対象が広がったが、実務ではほとんど使われていないと同氏は説明する。
具体的には20年ほど前に札幌地裁の事件で、東京在住の証人のためにテレビ会議による証人尋問を行った経験がある。証拠書類はあらかじめ裁判所に送っておき、画面越しに書記官が示す形で進めたが、「対決して真実を聞き出す迫力が、画面越しでは全く伝わらなかった」と振り返る。以降はリアルでの尋問を求めている。
そのほか、証人となる社員(営業担当者や建築士)の負担軽減についても、テレビ会議システムを使えば負担自体は軽くなるとしつつ、「証人尋問はリアルで行われると思う」との見立てを示した。テレビ会議による証人尋問の制度自体は20年以上前から訴訟法上整備されていたが、実務ではほとんど使われてこなかったとも語る。
■電子契約の広がりと書面業務の縮小
裁判以外の場面でも、契約実務のペーパーレス化は進んでいる。売買契約を電子契約にすると印紙税法の適用がなく収入印紙が不要になるため、これを追い風に業績を伸ばしている不動産会社もある。賃貸借契約は印紙税額が元々小さいこともあり、物件情報だけを見て契約に至るケースが以前から多く、電子契約へも移行しやすい傾向がある。契約更新も、紙の書類を送る形から電子署名で完結する方式へと変わってきた。
物件情報についても、例えばスマートフォンで室内の様子を(画像によって)確認しただけで契約に進む相談者が増えている。重要事項説明のオンライン化(IT重説)も広がっているという。不動産会社のDX化はバックオフィス業務が先行し、顧客対応ではあえて対面を重視する会社が多いとの見方も示した。
AI武装の相談者にどう向き合うか
相談者がインターネットや無料のAIツールで調べた内容を持って法律相談に来るケースが目立ってきている。一例を挙げると、近隣で建築計画が持ち上がった際の対応を10項目にまとめ、「これで間違いないか」と確認を求められた事例がある。
相談者に「どなたかに相談したのか」と尋ねると、「AIさんです」と返ってきた。「AIが示すのは一般論としては妥当な内容だが、実務で踏み込むべき注意点まではほとんど書かれていない」と話す。
説明する手間は省けるため打ち合わせの効率化にはつながるものの、相談者の理解度を確認しながら実務的な勘所を補う役割は、経験を積んだ専門家にしか担えない。一般論を踏まえたうえでの実務対応こそが、不動産会社の担当者にとっても強みになるといえる。
インターネットの普及で相談者側の知識量が増えている点も指摘する。相続分野では、以前はほとんど知られていなかった専門用語が、検索で簡単に調べられるようになったことで一般化した。賃貸借を巡る賃料の増減額請求や立ち退きについても、相談者があらかじめ調べたうえで来訪するケースが増えている。
高齢の相談者への対応も変化している。事務所へ出向くのが難しい高齢者は、子や孫が設定したメールアドレスを使ってウェブ会議に招待し、最初に子や孫が入室したうえで本人に画面を代わってもらう形が定着しつつある。
裁判手続きの電子化がもたらす変化は、劇的な迅速化ではなく、移動や書面のやり取りにかかる時間を減らし、紛争解決までの過程を効率化する点にある。証人尋問のようにリアルでの対応が求められる場面も残るなか、一般論で武装した相談者に実務の知見を伝えられるかどうかが、不動産業界にとっても新たな競争軸になる。裁判の電子化と相談者側の情報武装は、別々の変化に見えて、いずれも不動産会社の現場対応力が問われる方向へ実務を導いているようだ。

